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  1. 美登里です。いつもお世話になります。今月私の選句が122、143、156となっていますが、これは11月に選句した番号です。12月の選句が反映されていません。12/3頃に送信したと思います。

  2. 凡人です。不思議ですね、今月選句してない10人衆に自分も入ってますが、選句開始日 初日に選句投句してるはずですが。 システムの都合ではねられましたか?

  3. 11月分【感想への賛】
    原句の着眼や詩情が、添削によって生きます。
    こういうふうに詠めばいいのだと、勉強になります。
    >
    5 列島は西高東低初時雨 鋭次 0
    「列島は西高東低」があまりにも当たり前、『列島を仰のけざまに初時雨』
    →「仰のけざまに」で、今まさに頭上を時雨が通り過ぎる速さを感じます。
    34 十五夜をひとり占めしてゐる心地 風太郎 1
    「心地」などと生ぬるい描写は避ける。上五に地名を据えて、『松島のこの十五夜をひとり占め』
    →観瀾亭(かんらんてい)からの月夜が立ち上がります。
    https://www.jtb.co.jp/kando/detail/54.asp
    70 ひとり分足りぬ切り株きのこ汁 柚子2
    それならば、「切株の席を分かちて」のほうがいい。『切株の席を分かちてきのこ汁』
    →切株の席を分け合ってきのこ汁をすする、和気藹々とした雰囲気です。
    72 松茸は眺めるだけのショッピング 卯月 0  
    ただの報告。報告から脱するには、『松茸の前で四五分ショッピング』
    報告と俳句の違いは「間」があるかどうかです。二つの違いが分かれば確実に一歩前進。
    →「眺めるだけ」は直接的な主観、「前で四五分」は自分を対象から離した客観的な写生です。
    126 素つぴんの月に乾杯ありがたう 岡田 絮 1
    対句を駆使して、『素つぴんの月素つぴんの妻と酌む』
    →臨場感あふれる対句です。
    141 古書市に秋の夕日をめくる音 苦茶 4
    「夕日をめくる」が技ですが「音」が邪魔。『古書市で秋の夕日をめくりけり』
    →「夕日をめくりけり」に焦点を絞ることで、詩情が深まります。

    • すみません、教えて下さい、列島が仰向けざまになるとはどんな感じになるのかわかりません、

      • 列島がではなく、「列島を」、日本列島全体にわたって。
        >
        あおのけ‐ざま〔あふのけ‐ざま、仰のけ様〕
        上に向いた状態。あおむけざま。
        >
        後ろ反りをして空を真上から後方まで見届けようとします。
        ひっくり返りそうになるまで仰向けになれば「あおのけざま」です。

        • 初時雨ってそんなに激しいものなんですね、 自分が時雨のイメージをかん違いしていたようです。燈穂様いつもありがとうございます

          • ご案内のとおり、時雨は小雨であり強くありません。
            「仰のけざまに」は、ざっと降って止む時雨の早さの表現です。
            早さを詠んだ句として、「列島」の表現はスケールが大きいと思います。
            「流れ行く大根の葉の早さかな…虚子」は橋の上から川を眺める。
            「五月雨を集めてはやし最上川…芭蕉」は高台から最上川を俯瞰する。
            「列島を仰のけざまに初時雨」

  4. 141  古書市に秋の夕日をめくる音  苦茶  4

     「夕日をめくる」が技ですが「音」が邪魔。

     古書市で秋の夕日をめくりけり

    凡人です。 まだまだ自分の選句力(鑑賞力)未だしでした。
    「古書市で秋の夕日をめくりけり」となって、はっと気づきました。
    松太師のご指摘の通り「夕陽をめくる音」になってますと唐突感でした。
    古書店の店頭でのんびり古書を探っている~なんとも言えない夕方のレトロな雰囲気、たっぷりゆったりの時間が見えて、思わず「上手い!」って感じてました。自分もこの句、選句したかったですね。

  5. 109 不器用な夫が器用に林檎剥く 恵啓

    この御句ですが、私的には違和感を覚えました。田中えい子さんの句集に

    不器用な夫が上手に梨を剥く  

    と類似しているのですが私には響きませんでした。何故なのか私なりに検証しました。
    不器用と器用が響いていません。
    不器用と上手は響き合っていると感じるのです。つまりは、書き方の表現で大分印象が変わるのです。
    不器用と器用の振り幅は小さく
    不器用と上手は振り幅が大きいのです。
    句の景が広がるような書き方も大事な気がします。
    生意気な事を言ってご免なさいね。
    何故?について考えるのが好きな探偵花埜です。

    • > 109 不器用な夫が器用に林檎剥く 恵啓 2
      > 不器用な夫が上手に梨を剥く 田中えいこ
      さすがは花埜さま、表現の振れ幅に着目された鑑賞です。
      辞書では…
      器用は物事、特に細かい仕事をうまくやってのけること。
      不器用は手先でするわざがまずいこと。
      上手は物事のやり方が巧みで手際のよいこと。
      掲句を解釈すると「手先でするわざがまずい夫が皮剥きの細かい仕事をうまくやってのける」
      燈穂だけかもしれませんが・・・
      「何をやらせても下手なら不器用」とけなします。
      対象を限定して「何かあることが巧みなら上手い」と誉めます。
      「何もかも巧みなら器用」とべた褒めします。
      何をやらせても下手だから不器用、何かひとつ巧みなら上手というニュアンスです。

      • 燈穂様、流石です。
        私は、上手く回答出来ませんでした。
        田中えい子さんの不器用な…の御句を観賞した時、奥様が病気で入院していて、隣りの夫が妻の為に梨を剥きます。普段はしない夫の行為を嬉しく感じて、上手にのニュアンスに愛情が感じられます。
        母性愛でしょうか、そんな眼差しに出会いました。
        恵啓さんの御句は、リズムがあるのですが、流されてしまって、愛情の深さが軽く感じられるのです。
        今回、俳句の作り方の奥深さを改めて感じました。難しいですが俳句作りに励みたいと思います。ありがとう御座いました。

        • 孫はどんどん成長して行きます。
          孫が何かひとつ巧みにやれたら、こちらも嬉しくなって上手だと誉めます。
          孫が何もかも巧みにやれるようになれば、人前では言えませんが、あの子は器用だと言います。
          ところが、孫に向かって不器用とは、口が裂けても言えません。
          > 不器用な夫が上手に梨を剥く 田中えいこ
          「不器用な夫」とは、夫婦だからこそ言えることです。
          愛情ある妻だからこそ、「梨を剥けるとは上手ね」と夫に言えます。
          花埜さまがおっしゃるとおり、まさしく夫婦愛を詠んでいるので感動を受けます。
          すばらしい鑑賞をありがとうございました。

  6. 98  梵字ただ一字の墓や雁渡  燈穂  3

     「雁渡」は風のこと、もっといい季語がありそうです。

    凡人もこの句戴きました。凡人の叔父は仏教学者でご自分が建立した墓石に「空」と刻ませました。
    「梵字」一文字~「空」でも「梵字」でもその意味するとこ広大無辺、素人にはあれこれと考えさせる辞世文字ですよね。墓参して「雁が渡ってくる風に想う」の季語斡旋は、「季語にゆだねて語らせる」にぴったりとおもいます。もちろんそれ以上の季語もあるでしょうがこの句の「雁渡し」はずれても、はづれてもいないとおもいます。松太師はこの句を「どのように解釈されて・・」その上でどんな季語を斡旋されるのでしょうか。ご例示いただければ勉強になります。

      • なるほど! 「雁渡る」を否定されてるのでなく松太師は「もっとこの句意を拡げるには・・ほかにどんな季語がありや?」という・・作者が燈穂さんだけに、問いかけられたのですね。どうも失礼、いたしました。突っ走りすぎが自分の悪い癖です。ごめんなさい。了解 納得です。

        • 松太です。

          「雁渡(かりわたし)」と「雁渡る」はまったく違う季語、調べてみてください。

          • 「雁渡る」と「雁渡し」・・「送り仮名一文字」で季語の意味ががらり違います。浅学の身、また深くご指導いただきました。「雁渡」と送りを振ってないのでは「雁渡し」としか読めません(つまり風のこと、雁そのもののことで無い)。しかしながら燈穂さんの追記では「動物の雁」の象徴イメージを表現されたかったのでは。とすれば「雁渡る」だったのでしょう。松太師のコメントご指摘、そこまで深く読み、解釈しそして添削されてること、頭が下がります。
            十七文字の「一文字」で表現されてる世界ががらりと変わる・・俳句って、微妙で奥が深いですね。またまた、納得、身に浸みました。ありがとうございました。

      • 改めて白洲次郎氏の人となりを読み写真を見ると、「鷹」のイメージがわきます。
        >
        きごさい歳時記より
        鷹渡る(たかわたる) 三秋 【子季語】秋の鷹/鷹柱
        【解説】 
        おもに秋に南方へわたる鷹をいう。
        また、冬鳥として秋に北方から渡来する鷹もさす。

    • 主宰さま、感想をありがとうございました。
      凡人さま、コメントありがとうございました。
      > 98 梵字ただ一字の墓や雁渡 燈穂 3
      > 「雁渡」は風のこと、もっといい季語がありそうです。
      白洲次郎氏は、イギリスに留学した洒脱な方だったそうです。
      戦時中は武相荘に籠もっていたので、戦犯に問われませんでした。
      戦後は、吉田茂首相の側近としてGHQとやり合い、日本を復興に導きました。
      遺言に「葬式無用 戒名不用」とあり、兵庫県三田市にある墓碑銘は梵字一字です。
      https://tetsuwanco.exblog.jp/11435177/

  7. いろいろ調べましたが、読み解けません。
    作者からぜひご説明をお願いします。

    > 22 母の帯色紙入れ縫う夜長かな せつこ 0  
    > どういう謂れがあるのでしょうか?意味不明。
    瀟洒な色紙(しきし)柄の帯を販売しているので、古い帯に色紙を当ててリメイクするということなのでしょうか?

    > 49 鍵盤の象牙の黄ばみ秋惜しむ あらた 4
    > 季語を考えたい。『鍵盤の象牙の黄ばみ冬の蜂』
    象牙は輸入禁止になっておりピアノは30年以上経っているでしょう、象牙は演奏者の手垢で黄ばむので使い込まれた証です、鍵盤が黄ばんでいるから必ずしも遊休しているとは限らないので、当該ピアノの稼働状況はいかほどなのでしょうか?

    > 86 診療の順番待ちや秋の風 卯月 0  
    > 診療の待合室に「秋の風」は場違い。
    新型コロナとインフルエンザが同時に流行しており、他の患者さんや医療スタッフを守るため、熱発の患者は院外で待たされる診療所が多いのですが、それを詠んでいるのでしょうか?

    > 87 砂浜に道化師の鼻秋深む 山水 4
    > 4点入っていますが意味不明、どなたか解説を。
    道化と砂浜とを取り合わせた俳人の句は見当たりません、道化師の鼻の句は砂浜と無関係です、有名な道化師の像は砂浜には立っていません、従ってこの句は砂浜にピエロのクラウンが落ちていたという報告なのでしょうか?

    • 22 母の帯色紙入れ縫う夜長かな せつこ 0 

      深い意味はなく、単にお母様の形見の帯をリホームして色紙入れにしたということではないでしょうか。ご自分は帯を締める時はないので色紙入れにすればいつでもそばに置いておけます。

    • 燈穂様へ

      49 鍵盤の象牙の黄ばみ秋惜しむ あらた 4
      直し 『鍵盤の象牙の黄ばみ冬の蜂』

      稼働状況は如何かとの問いへの回答・・・この辺は本来は読み手の
      ご想像にお任せの分野かと思いますが…稼働していません。

      なお僭越ですが勉強のために拙句をどう読み取られたのか、また回答を得て
      その読みがどう変わったのかご教示いただければ嬉しいです。
      俳句は言葉が大事、「このピアン、使われているのでしょうか」ではなく
      「稼働状況」と捉える貴兄の読みを伺いたいと勝手ながらお願い申し上げる
      次第です。
       毎日開けるわけでなく返信が遅れましたことご容赦ください。29日 あらた

      • あらたさま、ご教示ありがとうございます。
        稼働していないとのことで、了解しました。
        「稼働状況」に引っ掛かりがあったのであれば、お詫びします。
        遊休ピアノであると想定しておりましたので、読みは変わりません。
        鍵盤に象牙を使ったピアノは、たぶん高級品なのでしょう。
        最初のコメントには書きませんでしたが、季語の「秋惜しむ」は、秋を惜しむとピアノが使われていなくて惜しいという気持ちが込められているのかなと思いました。
        「冬の蜂」はじっと動かないという意味があり、より客観的に遊休ピアノだと表現されます。

        • 燈穂様へ 

          早々のご返信、また丁寧にお読みいただきありがとうございます。

          句意は・・・嫁入り道具でもあったピアノ、2年前の秋から使われなくなりました。
          過日孫が来て久しぶりに蓋をあけました。長年の妻のまたピアノ教室時代の子供らの
          触れた鍵盤、その黄ばみに改めて妻との歳月を思い起こしました。
          主宰から季語の直しをいただきましたが,原句の秋惜しむにはその気持ちを込めた
          つもりです。

          一句一句に作者の人生が詰まっています。でも17文字からその全てを読み取るのは
          不可能と思います。作者の来し方も俳句歴もまして顔さえも見えないネット句会は
          理解できない句があって当たり前と思っています。まだまだ十分な読みも出来ぬ身、
          いつも一読明解の分かる範囲の句から選びこの句会を楽しんでいます。
                                 ありがとうございました。あらた

          • あらたさま、
            当該ピアノの来歴をお教え戴き、痛み入ります。
            ネット句会で理解できない事があれば、そのままにしておけない性分なので質問してしまいます。
            ワシントン条約で象牙は1989年から輸入禁止されたことから30年以上経っていると見ました。
            高級ピアノは、ハンマーを毛羽立てしたり一部交換し、調律すれば、ずっと長く使えます。
            黄色くなった象牙の鍵盤は、業者に過酸化水素等等で洗浄してもらえば真っ白に戻ります。
            お孫さんがこれからも使われるのであれば、本格的に補修されるのも一考かと存じます。
            重ねて、自句自解まことにありがとうございました。

          • お二人に拍手です。リアル句会とちがって、作者のかたが自句自解していただくと、原句がぐんと身近に、原句を新たに見直せて、気づかされて新たに感銘を覚えました。自分もこの句いただき(選句)です。

  8. 横入り失礼します。
    > 68 靴下のかかと脱ぐ癖新酒酌む 野夫 2
    > 2点入っていますが、意味不明。
    ネットの検索結果です。
    あいみょん、家に帰ってすぐやること、「靴下を半分だけ脱ぐのが好き」。
    https://www.entax.news/post/dxix36mnymuyck77.html
    心理学的に、開放されている時に靴下を脱ぐ行動をとりたくなるそうです。
    靴下を半分だけ脱げば、開放感が得られて気持ち良くなり、しかも、足先が冷たくなるのは防げます。
    靴下を半分だけ脱いで新酒を酌み、心が開放されているのでしょう。

      • 座敷の飲み会でこれをやるオヤジがいます。
        確かに、靴下はなくならず開放感を感じられるのでしょう。

          • ネットによれば、一定数の方が自宅で楽しんでおられるようです。
            グーグルで「靴下を半分脱ぐ」で検索すると194千件もヒットします。
            以前からある、マイナーな「癖」ですね。
            俳句に詠んでどうかと言えば、普通は主宰の感想になるでしょう。

    • なるほど・・です。自分が無知でした。
      しかし、燈穂さんんの「マーケティング力、そのための課題へ的確にアプローチ」できるスキル・・
      本当に感謝です。(感銘です) ありがとうございました。

  9. 大呂俳句会の冬菊こと今井律子です。松太先生、本日は拙句「バイオリンひとつを抱え冬籠」を掲載、ご解説いただきましてありがとうございます。

    早いものでこちらの句会に参加させていただいてもう四年近くになります。こちらのネット句会と大呂の方にほぼ同時に参加し、最初の一年は大呂の添削で大いにしごかれました。

    大呂の方は季刊で句集が出ますので、とりあえず一回は載せていただいたものの、諸先輩に比べ自分の句があまりにも拙いので、続けては投稿できませんでした。再開してからも、候補の六句を送っても「三句はダメたからもっと他のを見せなさい」と松太先生から促され、再提出したこともありました。

    そのような私にとっての目標は、まいまい句会で先生方の一票を頂いたり、ネット会の方で「今月の良かった方」の中に自分の名前を見つけることで、それらにもニ年ぐらいかかっているので、まさか大呂の冒頭に揚げられるようになるとは夢のようです。

    気にかかるのは、バイオリンを題材にするといかにもバイオリンの名手のようですが、まだ三年あまりしか習っていないへっぽこバイオリニストです。小さい頃に少しの間だけ習っていたのですがやめてしまい、何か老後の生きがいになるものをと思って再開したものです。

    新潟ほどではありませんが、富山も結構雪深い土地です。へっぽこでも、抱えて過ごすことができる趣味があって良かったと思っています。

  10. 十七を背に誇らしく案山子立つ 凡士
    すみません 十七は大谷選手の背番号です。私たちの時代では、1は王、3は長嶋、少し下がって55は松井と野球フアンならずとも知っていましたが、現在は大谷選手の17で、日本のみならず全米の野球フアンは周知のようです。ただ、こういうものが俳句に適用できるかどうかはよくわかりません。
    話代わって、11/8の松太主宰の因果関係エッセイ、おおいに勉強になりました。取り合わせの句の季語はどうしても関連するもの、読み手に理解されるものと考えがちで、思い切り離すということがなかなかできません。プロの句でも理解できないものも結構あります。ただこういう取り合わせ句は、作り手と読み手のレベルがある程度のレベルにあることが前提となりますね。私のような初心者は、鑑賞力も未熟で、理屈でつながっている句を選びがちなので、まだまだ勉強不足というところです。ただ伝統的な俳句は比較的鑑賞しやすいですが、いわゆる現代俳句といわれる俳句は、何をいいたいのかさっぱり分からない句が多いです。
    最後に 燈穂さまの種々の解説、博識すごいですね、いつも楽しく読ませていだいています。11/8の感想への賛などは秀逸でした。ありがとうございます。わたしも皆さんのようなコメントが出来ればと、少しづつでもレベルアップしていこうとおもいます。

    • 凡士さま、自句自解を伺うまで次のことだと思っていました。
      大いなる誤解でした。
      >
      十七条の憲法、聖徳太子を模した案山子像のこと。
      奈良県生駒郡安堵町に、かかし公園があります。
      そこに、聖徳太子を模した高さ12メートルのオブジェがあります。
      https://kspkk.co.jp/sightseeing/34618/

    • 十七は、大谷ですか、なるほどと思いました。
      算用数字の17では、具合わるいのでしょうか。
      それだったら、わたくしにも良く分かりました。

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